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Lycoris

関西在住なのに東日本に思いを寄せる今日この頃 鉄分はほとんどありません…

   

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幕間



 靴跡の花、の幕間
 とか言いながら、別に第2部とか続きがあるわけじゃないのです。



 上越先輩の回想、というかおおよその全貌。







 安全、快適に。お客様の旅により良いサービスを提供する。それが僕らの存在意義。
 そう、それ以外に僕が存在する意味があるはずもない。


 えー酔ってないよ。僕お酒には強いよ?
 酔っ払いはみんなそう言う?
 本当に酔ってないんだけどなあ。まあそうだね、酔っぱらったことにしちゃおうか
 全部酔いのせいにしちゃえば誰の責任でもないよね
 ああ、でもあいつは飲みすぎたおまえの責任だって言うかなあ
 まあいいや。
 うん。

 君なら余計な心配もしないし、いらない世話を焼こうとはしないでしょう
 誰かみたいに弱み握った、って勘違いすることもなさそうだしね。
 うん、じゃあ吐き出しちゃおう
 もちろん秘密だよ。まあ誰に話しても面白い話でもないけどさ。
 こんなことを弱みだと思われるのも癪だしね。


 えーとね、あのときあいつはなんて言ったんだっけ

 そうそう
『あまりふらふらと出歩くな』だ


 ――あまりふらふらと出歩くな
 ある日の深夜。帰ってきた途端、宿舎の入り口での第一声が命令形だったのはさすがだとおもう。
 まあいつものことだし、いまさらむかつくなんてことも、ないわけじゃなかったけど表面ばかりは笑顔で答えた。
 ――なんで君に僕の行動を制限されなくちゃならないわけ?
 別に僕ごときが何したところでそう変わりはないでしょう?
 ねえ、JR東の稼ぎ頭さん
 にっこりと笑顔で問いかけてみても、彼の表情は変わらない。
 ただ勢いを失ったようにぽつりと言われただけだ。
 ……好きなのか?
 何を聞かれているのか分からず首をかしげると、とぼけていると思われたのか眉をひそめられた。
 そういえば、と先日耳にした話を思い出す。
 僕が深夜宿舎から出ていく理由。
 ああなるほど。誰かと会っている、何かしでかしているとそんな噂を彼は鵜呑みにしているというわけか。
 
 好き、かあ
 好きだから誰かと付き合う。
 言葉としては理解していても、その意味への理解はあまりに遠い。
 それってどういうことなんだろう?
 好きって?
 誰かのために何かしたいって思い?
 それなら僕は路線としてお客様へのより良いサービスの提供をしたい。
 もっと望まれて望まれた以上のものを返していきたい。
 でも、きっと彼が訊いているのはそんなことじゃない。
 ではどういう意味?
 人が人を好きになるというのは、車内でも社内でもよく聞く会話だ。誰かを見つめていたい。誰かの傍にいたい。好きな人に好かれたいし、好きな人のために何かしたい。
 僕が誰かを好き? 路線として走り続ける、それ以外のところに?
 はっきりいって、そんな思いは雲をつかむようなものだった。
 
 でもそんなことは言えなくて、馬鹿にされるとまでは思わなかったけど、なんだかとても自分が子どものような気もして、言葉ばかりは軽く答える。
 ――誰かを特別視するなんて馬鹿じゃない?
 ――それなら、誰ならいいというんだ?
 ――誰って、そうだなあ。
   っていうか、その前に誰かと付き合うこと前提なんだ。
 ――誰かといればそうふらふらはしないだろう。
 んー、まあそうかな…そういうものなのかな。
 少なくとも、そう言ってる君はそうなんだろうね。
 ……
 
 ちらりとみるといつもどおりの無表情。
 なぜこんなに絡んでくるのか、同僚の素行について上から何か言われているのだろうか。
 ああ、そうかも。
 意外と不精なところもある割にやはり生真面目な彼らしい気の使い方なのだろう。
 自分が直接上から言われるまでに何とかしようとそんなところに違いない。
 確かに捻くれている自分のこと。上から何か言われれば反発し、余計に素行不良になるかもしれない。
 とすれば、こんなことにまで関わらなくてはならないJR東の筆頭という立場もご苦労なことだ。
 苦笑してしまう。
 ここは真面目に答えないと帰してもらえなさそうだ。
 ――そうだな。もし付き合うとしたら
 ――僕を、好きじゃない人かな
 ……
 とたんに顰められる表情、何を考えているのかわからないが、わかりにくい彼の表情の変化をみるのはそれなりに楽しいものだ。
 ……なぜだ?
 長い沈黙の後やっと口を開いたと思えばまたもや問いかけ。そんなに気にすることじゃないと思うんだけど。
 ――だって、本気なんて大変でしょう?
 なぜ、と説明するまでもないことを聞かれ首をかしげる。
 かわいそうでしょう。僕なんかに本気になるなんて
 だって、僕は――
 すっと血の気が引く感覚に、浮かびあがってくるその事実を思い出さないように頭を振った。
 常に考えることじゃない。自分が考えてもどうしようもないことだ。今はただ自分にできることをするだけ。
 だって僕は新潟の星なんだから

 そんな僕の心中なんてわかるはずもない彼は、これからまだずっと延伸していく彼は、解決しなければいけない案件を見るように僕を見た。ってそのままか。
 ――それ以外に条件はないのか?
 まだ言うのか。いったいなんだというのだろう。
 いつにないしつこさに呆れもしたけれど、彼にとっては重要なことらしい。
 半ば投げやりな気分になって、でももう答える言葉もなかったから、頷いた。
 ――そうだね、今のところは。
 でもそれに返ったのは、まったく想定外の言葉だった。
 ――ならば、俺でもいいんだな。
 ――え?
 何を言っているのだろう、と彼を見る。聞き間違いかとじっと待っているが、真剣な表情をした彼もただこちらを見返すばかり。

 このままでは埒が明かないと、言われたことを頭の中で整理する。
 僕を好きじゃないから、僕と付き合える。
 僕が言った言葉に対してのその理屈はわかるけど、これで彼に何のメリットがあるというのだろう。
 たしかに、僕の行動は制限できるかもしれない。
 でも、できないかもしれない。
 人間とは違うけれど自由に動く意志を持つ僕らの行動の制限なんてけっして確約されたものではない。
 仮初の恋人となって、彼が得るものは?
 そこまでして、東日本の体面を保ちたい?
 確かに生真面目な彼ならばそれも考えうる。
 彼がそうしなければならないほどに自分の行動が問題視されているのかと考えると反省しないでもないけれど、業務外の時間に官舎から出歩くことはそれほどに問題なのだろうか。誰に迷惑をかけているとも思っていなかったのだが、彼がここまで言うからには、きっと上から何かのお達しが来ているのだろう。
 人が困るのを見るのは時に楽しくもあるけれど、業務に支障をきたすようなことを殊更したいわけでもない。

 ――上越?
 ――そう、だね。君がそれでいいなら

 彼が自己犠牲にあふれていようと、そのために自分に関わろうと別に問題ない。
 だって、自分は走っていられる。それに変わりはないのだ。
 ただ。
 息が苦しいような気がするのは何故なのだろう。
 相手の吐息が触れそうなほど、近づいているから?
 別に言葉だけの約束でもかまわないだろうに、彼は律儀にそれらしいことをしようとしているらしい。
 なぜか避けることはできなくて。そっと伸ばされる手に、目を閉じた。



 覚醒は突然だった。
 ぱちぱちと瞬きしてもまだはっきりとした視界にはならなかったけれど、ここ数カ月ありえなかった深い眠りに身体はすっきりしているような気がする。いや、重い気もする。なんだろう、これは。
 そんな矛盾したことを考えながら、ようやく見えてきた視界に首をかしげる。
 同じベッドの上。上半身を起こし自分に背中を見せているのは。
 ――と、ほく?
 呼びかけておきながら、ひどくかすれている声に自分自身なんでそうなったのかと驚いた。
 何があったのかといまだぼんやりしたままの頭では、はっきりとした答えが出ない。
 ただ。
 目の前にいるのは紛れもなくその人なのだとわかっていた。
 ――とう、ほく
 ぱし。
 何が起こったのだろう。と自分の意志とは裏腹に落ちた手に、回らない思考が向く。
 そして気付く。無意識に伸ばしていた手が、払われたのだと。
 いたくなどない。ただ驚いただけだ。
 しかしそれに、自分よりも彼の方が驚いたように瞠目していた。
 ああ、そういえば。ようやく昨日の出来事を思い出す。
 そうか、彼は。
 気付いたときにはすでに彼の顔はそむけられていたからその表情は見えなかったけれど、きっといつもの仏頂面がもっとしかめられていたに違いない。
 ――悪かった。
 そして、彼はようやく正気に返ったようだ。
 その朝最初で最後の一言はそれだった。



 ただ、眠れなくて暖かい場所を探していた。
 雪の厳しい場所だから。休む場所はそこから離れているところにしようとして、でもいつだって気になって遠くになんて行けなかった。
 春と秋は事故を思い出して、夏は間に合わなかったことを思い出して。
 冬の雪の中で自分の存在意義を見つめなおして。
 ふとした瞬間に数年後のあの子の存在に足元がなくなるような感覚を覚えて。
 それでもただ走りたかったから、そうすることが自分のここにいる理由だったから。
 走るために、ただそのために。ばらばらになりそうな何かをつなぎとめた。
 眠りが浅くなったことにふと気付いたけれど、仕事に穴をあけるわけにはいかない。
 薬をもらったけれど効果はあまりなくて部屋を抜け出して星のない空を見ていた。
 自分はひどく凍えていたのだと、彼に触れてようやく気付いた。
 別に人肌を求めていたわけじゃないけれど、彼の傍では眠れることに気付いた。
 仮初でも、差しのべられた手に、まだ自分は必要なのだと思うことができた。
 でも、その手は2度目以降は惑うように揺れていた。
 だから、1度目を思い出してそれ以降は自分から手を伸ばしてみた。
 振り払われることはもうなかったけど、でもまた伸ばされることも受け止められることもなかった。
 ただ、流されてくれた。
 彼曰くふらふらとさまよう前に、彼のところへ行くことにした。
 悪いと思い続けているのだろう。彼が仕事をしている時以外では追い返されることもなく扉は開かれた。
 もしかしたら、こんな僕にでも少しは楽しめたのかもしれない。
 ふと思いついて、ああ、この体にはこんな使い方もあったんだ、そんなことに気付いた。

 すこし優しくなったかもしれない彼の行動に、自分にもほんの少し別の価値があるかもしれないと思った。
 うん、元々優しくなかったわけではないけれど。



 いつの間にかカウンターに突っ伏して眠ってしまった上越を、その話を無言で聞いていた彼は労わるように見つめている。
 君は。
「欲しがっていても、愛されることがわからないんだね」
 足元の花に気付かず星を欲しがる子どもの頭を、労わるようにそっと撫でた。

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