駅構内では今は試験最中なのか、昼前だというのに制服姿の学生と思しき男女の姿がちらほらと目に入る。
特に女性たちと言えばグループで固まっての行動が常というもので、避けようもないほどに勢いよくかけてくるその一部に、高崎は行く手を阻まれた。
「きゃ」
「うわ」
自分の胸元までしかない身長の学生と道を譲り合えば、お互いに同じ方向に進んでしまいぶつかりかける。なんとか避けたものの相手は無事かと慌てれば、学生らはそちらも慌てたようにぺこりと頭を下げた。
「すみませーん」
「あ、と。こちらこそ失礼しました」
あやうく高崎と正面衝突しかけた女子学生らは、もう、何やってるのよなどとお互いをつつき合いながらまた楽しげに自分たちの会話へと戻っていく。さすがに駆けだすことはせず歩き出した彼女らを思わず振り返って見送るが、このままでは今度こそ本当に何かとぶつかるだろうと思えるほど、聞こえてくる声は興奮を隠しきれないようなものだった。
「すっごい綺麗な人だったねー」
「ね! 写メ撮らせてもらいたかった」
「うんうん。でもそんな勇気でないよ」
「声かけづらいよね、あれは。もうあの場所だけ別世界みたいな感じじゃなかった?」
「そうだよね。あそこだけ何か舞踏会っぽい」
「ちょっと待って。それはさすがにおかしいって!」
「えー。でもなんかこうびしっとした立ち方がさあ」
何ともかしましいことだ。しかし華やかな雰囲気はさすが、若さが持つ力というものなのか。外見年齢こそ二十代の高崎だが、その存在の初めからを考えれば彼女らの十倍近い年月を生きているのだ。多少は若者を見る目が年寄りくさいと言われても仕方がないだろう。
それにしても彼女たちをあれほどまでにはしゃがせているのはなんだろう。会話の端々から察することができるのは、綺麗な人がいたということのようだが、有名人でも居たのだろうか。特にミーハーというわけでもない高崎だが、純粋に綺麗なものを観賞するということを嫌いなわけもなく。そういえば話している間も妙にそわそわしていた駅員の様子もそのことに関係するのだろうか。となるとどんな光景が見られるのか少し楽しみかもしれない。
しかしそんな高崎の考えはホームに出た途端に吹っ飛んだ。
駅員たちや女子学生たちが話していた通り、ホームの隅にいたのはすらりと背筋を伸ばして立つ麗人だった。確かに彼女たちがはしゃぐのもよくわかる。駅員の落ち着きのない態度も納得できる。これは確かにそうそう目にできる代物ではない。
その場には風景に溶け込むように長身の男性が佇んでいた。黒髪の、一見取り立てて目立つというわけではない、だが一度目を惹かれてしまったら離すことができなくなるそんな不思議な雰囲気を持ったその存在。羽織っている清潔そうな白いシャツに負けないほどの透き通った白い肌を持つ彼。
一目見て心臓が高鳴るのを高崎は感じた。
それはその姿が綺麗だというそれだけではなくて。もちろんそれも一部ではあったのだろうが、美しさなどよりもよほど見覚えのある姿に高崎はぽかんと口を開いた。
「じょうかん……?」
見覚えがあるどころではない。なぜなら、あれは自分の最も身近なところにいる上司だ。
黙って微笑んでいれば、多くのものが魅入られるだろう。ずっとその成り立ちから見ている高崎でさえもいまだに慣れない凛とした姿の。
呼びかけたわけではない。こぼした当人すら聞き取れないような小さな声に、まるで反応したかのように彼は振り返った。
そして。
「うわっ?」
突風とともに高崎の目の前は一瞬暗闇に閉ざされた。
覚えのある、だがけっして慣れたくはないその感覚。
近くの架線が切れた。
幾度となく体験したそれだと気づいて一度硬く目を閉じる。ちかちかと火花のはじけるような世界からいったん視覚を閉ざして、その感覚が落ち着くのを待つ。これは落雷によるものだろう。雷と突風が風物詩と言われるこの地域では残念ながら珍しくもないその衝撃のやり過ごし方はもう身についていた。
やがてゆっくりと目を開けば、火花の消えた視界は普段と変わりなく何事もなかったかのようだ。
そうしてもう一度彼の姿を移すために面を上げれば。
「上官!」
その場にいた彼の身体は、ゆっくりと傾いでいくところだった。

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