いちゃいちゃかっぷる5題 (お題
207β 様より)
さあみんなでご一緒に 「家でやれ!」
「というわけなんだけどね」
乗務から戻って早々仁王立ちの同僚に迎えられた東北は、普段から出にくいと言われている表情を一見しただけでは分からない程度に曇らせて、滔々と流れるように湧き出る文句をその身に受けることとなった。
ぽす、と柔らかく自身を受け止めるソファへと身体を預けて、不機嫌そうに隣に腰掛ける上越へと視線を向ける。
「……つまりどういうわけだ?」
「真面目に聞け!」
「聞いていたつもりだったのだが」
なにしろ、疲れきっていたところの上にまだ頭は業務のことから切り替わっていない。そこにほぼ関係ないと言っていい文句を延々聞かされても、内容を理解しろというのはまず酷な話だろう。それに、文句を聞くには上越の声は心地よすぎる。
「……は?」
「耳触りが良くて、内容が入ってこなかった」
「! ……それわざとやって、はないんだよな。ああもう!」
「どうした?」
ふい、と視線をずらしてなにやらわめいている上越に、東北は首をかしげた。
怒らせた、のとは少し違うらしい。耳をわずかに赤らめて拗ねたように口を尖らせている姿はたまに見るものだ。そういうとき、上越は口では色々言うものの本当に怒っているわけではない。むしろ、にっこり笑っただけで黙ってどこかに行ってしまう時の方がよほど怒っていると言っていいだろう。そうなる前に捕まえなければどんどんこじれていくばかりなのは20年以上の付き合いの中でさすがに身に染みている。もっとも、東北にしてみれば前兆もなく、いつのまにか消えられてしまっていることの方が多いのだが。
腑に落ちないと眉をひそめている東北をちらりと見た上越は、小さく吐息をつくと諦めたように肩をすくめた。
「ようするに君は綺麗に焼けていいよね、って話だよ」
「そういう話だったのか?」
「そういう話だったんだよ!」
きっと険しい視線を向けられる。声にばかり気を取られていたせいか確かにはっきりと理解しているわけではないが、文句の内容と今の台詞は何か微妙に違うように感じられたこともその視線の前では口をつぐむしかなかった。
「ほら、君はこんなにくっきり時計の跡も残ってるじゃないか」
「……ああ」
たしかに。今は填められていない左腕の時計跡がわかるほど東北は日に焼けている。別に焼こうと思って焼いたわけではない。通常業務をこなしているだけでも日の下に出る機会は常にあるし、わずかな時間の中でも上着を脱いでいれば焼けてしまうのが東北の肌だ。こればかりは体質なのでどうしようもない。
「僕なんか痛いだけなんだよ。ちょっと油断したら水ぶくれとかできるしさ」
「そうだな」
少しだけだから、とあまりの暑さに首元を緩めたままホームを移動したそのすぐ後に首を真っ赤にして痛みに呻いている上越の姿を見たことがある。ついでにかいがいしく冷却剤にタオルを巻いて上越の世話をしていた長野の姿まで浮かんで思わず顔を顰めた。
そういえば長野はどちらかといえば上越と同じく日焼けで赤くなる方の肌だ。生まれと肌は関係あるのだろうか。
「……今度は何考えてるのさ」
「雪国は色白の者が多いのかと」
「ああ、生まれ育った環境ってのはあるかもしれないけど。まあ基本は元々の体質じゃない?」
「そうだな。確かにおまえの地元路線だといって、おまえほど透きとおった肌の者は見たことがない」
「……」
「どうした?」
「もういいから、きみ黙って」
はあ、と疲れたように大きくため息をついた上越はその手で顔を覆って俯いてしまった。
何か呆れさせたようだとはわかるが、どうにも今日はそこまで頭が回らない。自分も暑さにやられているのだろうか。と東北は心地良く冷えた室内で首をかしげた。
とりあえず、腕を上げたことで下がった袖から見える彼の手首の白さがひどく目についた。
そしてその手に残る――残した跡も。
「……だいたいきみ、僕のところの在来なんてほとんど会ったことないでしょ」
「……」
黙れ、と言われた後に返答を求めるような言葉が掛けられた場合どうすればいいのだろう。
ほとんど会ったことがないというのは事実であるし、東北が興味のない相手への物覚えが悪いことも間違いない。それを指しての言葉だろうが、東北はその言葉に異論があった。
「……何さ?」
「……話していいのか?」
「……空気読んでよ」
「見えないものは読めない」
「好きにしろ」
ならば好きにしよう。言い捨てられた言葉は疲れたような声音ではあるものの、許可を得たことには変わりない。
「確かに会ったのは数度だが、忘れられん」
「なんで?」
「殴りかかられた」
「……はあ?!」
ぱっと顔を上げた上越は、それこそ東北の方を揺さぶらんばかりの勢いで詰め寄った。
「君何したのさ?」
「なんで俺が何かしたという結論になるんだ」
「だって、皆そんな喧嘩っ早くないよ」
「そうなのか?」
「生まれてこの方、ずっと雪に耐え忍んできた辛抱強さをなめんなよ」
「そうか。しかし俺も何かした記憶はないんだが」
「君いつも自覚ないじゃないか」
なるほど。たしかに東北が怒らせる筆頭と言っていい彼の言葉には実感がこもっている。
しかし本当に何をした記憶もないのだ。少なくとも他路線に対して侮辱するような言葉を放った覚えはない。
ただ。
「?」
「……この間迎えに行っただろう」
「えーと? 宴会の日のこと?」
「ああ」
それは上越が地元で在来との懇親会があった日。翌日が休みだったというのもあるのだろう。最終で東京に戻る予定が、気分良く飲んでいた上越はすっかりとそこでの時間を過ごしてしまった。殊更問題があったというわけではないのだが、休みであっても翌日の勤務の関係からその日は東京詰めの予定であったまだ酔いの抜けない上越を東北は始発で迎えに行ったのだ。
「おまえは覚えていないのか」
「君が迎えに来た時のこと? 始発が来て君が降りてきたから乗りこんで……何かあった?」
「おまえが乗り込んだ後、見送りに来ただろう」
「ああ、早出の子はホーム詰めだからまだわかるんだけど、遅出の子たちには一旦休めって言ったんだけどね」
かなり遅くまで飲んでいたにもかかわらず、始発で東京へ向かう上越をわざわざほとんどの路線たちが見送りに来たのだ。あれには、上越も驚いていた。
「そんなに恐怖政治してるつもりもないんだけどなあ、高崎だって可愛がってるし」
この場に当人がいたらどう思うかはわからないが、小首を傾げる姿は本当に不思議に思っている様子だ。おそらくその件については自分の本線も何か言いたいことがありそうだが、そこは東北も異論をさしはさむことはやめておく。
「何?」
「いや」
「はっきり言え」
「そのときに、その場にいた者たちに言ったんだが」
「ごまかすな」
「経緯の説明をしているだけだ」
「……で?」
「世話をかけた、と」
「……」
「そう言っただけなのだが。何かした、になるのか?」
「……ちなみに何か言われた?」
「おまえのものじゃない、とか認めん、とかは叫んでいたな」
東北にしてみれば何を認められる覚えもない。なぜか怒りをにじませるような眼や悔しそうな眼にさらされたが、他の誰に何をどういわれようと事実は変わらない。
これは俺の片割れだ。
「どうした?」
「……なんかもう帰るの恥ずかしくなってきた」
「なら戻らなければいい」
「無茶言うな」
きっぱりと断言するが、うっすら火照った肌に潤む目で睨まれてもまったく逆効果であることに上越は気付いているのだろうか。
日焼けの代わりに、くっきりと自分の跡が残る腕を掴む。
「ちょっと」
「さっき、山陽に触らせたと言っていたな」
「……内容わかってないって言ってなかったっけ?」
「そこは聞こえた」
「どんな都合のいい耳だよ!」
自分の腕を取り戻そうと暴れる上越を逆に引き寄せれば、崩れた体制では抗えなかったのだろう上越の身体がすとんと腕の中に収まる。胸に手をついて離れようとする上越の首筋に手を伸ばせば、ひくんとその身は震えた。
「や、だ」
しっとりと滑らかな肌は手に吸い付くようだ。自分の手になじんだそれに顔を寄せかけた東北は。
「ちょっとそこのバカップル」
絶対零度の声に動きを止めた。
「上越」
「はい」
「さっきからそういうことは宿舎に戻ってからしてって言ってるよね」
「したのはとうほ」
「いいから、東北止められるの君だけでしょ」
今秋田の声でも止められたではないか、とは上越もさすがに言えなかった。
それほどに、秋田の笑みはおどろおどろしいものを漂わせていたので。
こくこく、と頷く上越を満足そうに見た秋田は、背後でそおっと足をしのばせようとしている同僚に向かって声をかけた。
「山陽も何か言って」
「あああああ、見ないふりしてたのに!」
「逃げようとした罰」
「だって、痴話喧嘩に関わるの嫌じゃん!」
「ち…!」
ぼっと白い肌に血を上らせた上越という珍しい姿に目をみはった山陽は、その横からの冷たい視線にさっと顔をそむけた。
「怒らせるようなことした一因は君にもあるでしょうが」
「俺は無自覚だったの! 変な意味もないし! ていうか、東北の視線が怖いから!」
同僚といえど全く容赦のないだろう東北に怯える山陽はまったくもって正しいと言えるだろう。下手をすれば刃傷沙汰にこそならないだろうが、当分東海から東には来られないに違いない。それは運行上としても山陽個人としても避けたいことだ。
仲間の運行状況がどうなろうともある一方向に対しては盲目である東の筆頭様は、そんな同僚の様子を見ながらも、抱きしめたままの自分の片割れへとささやいた。
「……帰ってからしろ、ということのようだが」
どうする?
無表情ながらもめったとない片割れの誘いに固まる上越は、普段の彼がどこに行ったのかと思うほど視線をさまよわせている。
「なあ?」
「耳元でしゃべるな!」
「なぜだ」
「なぜって」
もはや言葉も出ずに目を潤ませる上越を、東北は上機嫌で見ていた。こんな片割れはおそらく当分の間拝めるものではないとわかっていたから。おそらく精神的に立ち直ればまた上位に立つのは彼の方だ。それでもいいが、この珍しい状況も今十分に堪能しなくてはもったいない。
またもや二人の世界に旅立ちそうな同僚たちに、山陽と秋田は思わず声をそろえた。
「だから」
「そういうことも」
「「家でやれ!」」
以下。うざき様から頂いたその後の彼らです。(ありがとうございます!)
…秋田に怒られたので、家でやることにした東北。だけど…
「君たち、家でやれって言ったでしょ!」
「ここが家だが」
「あ!」
彼らは一緒の家(寮)だったのでありました。
「じゃあ部屋行ってやれー!」
こうしてコマチ様の苦労は続くのであった…

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COMMENT
無題
Re:無題
記事に直接のコメント初めてだ。
上越上官は地元のアイドルですよ(真顔)
おそらく地元発信でいろいろな協定が結ばれていることでしょう。