ながの&のっこ
「のっこ、それ多すぎるよ!」
欲しいからと両手に抱えられるだけすべて抱えた自分の片割れを長野は諌めた。
しかし、ぷう、と頬を膨らませながらものっこはその手に抱えた物を離すことはない。
「だってぜんぶほしいもん」
「だからって駄目だよ」
「なんで? のっこ全部大事にするよ」
「そうじゃなくて。欲しいからって全部持っていくのは駄目。他の人の分もあるんだから」
「大丈夫だもん。みんなの分はとってあるの」
「でも」
「じゃあ長野はいいの?」
「え?」
「なくなっちゃったら悲しくないの? それでもいいの? がまんしてばっかりだと長野の分なくなっちゃうんだから」
「……」
「好きだってちゃんと言わなかったらわからないよ?」
欲しいと、好きだと言えないまま本当に欲しいものまで諦めちゃうの?
好きだって知られないまま、嫌いだと誤解されたまま手の届くところからなくなってしまうかもしれないんだから。
「のっこは全部ほしいの! じゃあね」
「あ、のっこ!」
くるりとスカートを翻して走るその背中を追いかけることはできなかった。
長野は躊躇しちゃうけど、のっこは大事なものをちゃんと大事だと捕まえておけるかな、と。
たかさき&うつのみや
にこにこと手にしたものを大事そうに持つ高崎を、宇都宮は呆れた表情で見つめていた。
よくもまああれだけ感情をあらわにできるものだ。欲しいものが手に入らないと知ったときの落ち込みようも、それが手に入った時の喜びようも、大げさに過ぎるのではないかと思ったくらいだ。
周囲がつられてしまうようなその満面の笑みは、彼にそれを用意した者たちにとって最高の褒美だっただろうけど。
何かもやもやとくすぶっている感情に蓋をして、宇都宮は高崎の肩をたたいた。
「良かったね、高崎」
「ああ!」
「それそんなに欲しかったの」
「ん。ほら!」
「え?」
押し付けられたものに宇都宮は目を瞬かせた。
それは高崎がとても欲しがっていたものだったはずなのに。こんなに無造作に自分に渡してどうするのだろう。
驚く宇都宮に、さらに驚かせる言葉を高崎は口にした。
「おまえそれ欲しかったんだろ? だから欲しくて」
おまえにあげられたらいいなって思ってたから。
「……そう」
まさかそんなことを高崎が考えていたとは予想外で、言葉が出てこずに宇都宮は相槌だけを打つ。
それを誤解したのだろう。
「あれ? いらなかったか?」
途端に表情の曇る高崎に、宇都宮はゆっくりと首を振った。
「いや、ありがとう」
「どういたしまして! さて、飯でも行くか」
「高崎」
先に歩き出そうとする相棒を呼びとめれば、すぐにくるりと高崎は振り返った。
「どうした?」
「……いや。食事はおごらないよ」
「そんなこと考えてねーよ!」
「あは、ごめんごめん」
のばしかけた手をぎゅっと握ると、いつも通りにその横に並ぶため、宇都宮は歩を進めた。
宇都宮は一番欲しいものには手を伸ばさない。
さんよう&じゅにあ
「じゅーにあ!」
「はい?」
突然楽しげに声をかけてきた上司に、書類から顔をあげて東海道本線は首をかしげた。
「なあ、何か欲しいものはない?」
「欲しいもの、ですか?」
「そうそう」
「何ですか、急に」
「いや、このあいださ。西からの旅行土産は何が良いかって話になったんだけど、ジュニアに対しては難しいよなって結論になって」
「ああ」
なるほど、と山陽の言葉に頷く。
確かに東から西まで、東海道の走る距離は他の路線に比べれば長い方だろう。管轄も三社にわたっていれば各地の昔からの名産品などは見慣れたものになってくる。
欲しいもの、欲しいものか。
「特に思い浮かびませんね」
「え、本当に? 何かないか?」
「と言われても」
何故か焦ったように問われて、再び首をかしげる。
「じゃあ、お金とか」
「……夢のない」
がっくりと肩を落とされてもどうしようもない。
「リニアの開発費用とか、土地の買収とか馬鹿になりませんからね」
「いやいや、それは東海の欲しいものでしょ。俺は、ジュニアが! 欲しいものを聞いてるの」
「はあ」
自分が、路線とは関係なしに欲しいもの。問われて考えるが、それならやはり浮かばない。
「欲がないなあ」
「満たされてるってことなんでしょうね」
大事に育てられた自覚はある。この国初めての鉄道。東海道が何かを望む前に、さまざまなものが目の前に差し出されてきた。それを受け入れるだけで自分の容量はすでにいっぱいになっているのだ。
そう言えば、なぜか山陽は困ったような悲しいような、不思議な表情を浮かべていた。
「山陽さん?」
「ジュニア」
「はい?」
いきなり真剣なまなざしで自分の肩を掴んできた山陽に、東海道はどきりと心臓が音を打ったのを感じた。
「絶対欲しがらせるから」
その意味はわからなかったけれど。
自分だけを見つめるその瞳に何だかほっこりと胸が暖かくなるのを感じて、東海道はほほ笑んだ。
ジュニアは欲しいと気づかない。

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