ふと浮かんだ妄想です。
自分は今大きな虎の姿をしている。
どういう意味かといえば言葉通りとしか言いようがない。酒飲みを虎という様な事もあったかもしれないと思い返すが、この場合言葉そのままの意味にしかすぎなかった。現在の東北の姿を表すのに最もふさわしい言葉。
白い毛並みの全長3m以上はあるだろう巨大な虎。それが今の東北の姿だった。
その姿は夢ではなくまぎれもない現実。東北の意識が今虎に乗り移っているというわけでもない。
いつのころからか、気づいた時にはすでにこの姿をとることができたのだ。
それを言うならば人の姿をとることも、気づいてみればできていた、というのが正しい。
どれが本来の姿なのか。
路線の化身ともいうべき自分たち。それが動ける存在となっていること自体が不思議なことだ。
だが、人を運ぶための路線。だから人の姿となれることは、その存在意義においておかしいとは言えないだろう。人の姿だからこそわかることがある。できることがある。そのために必要な姿だ。
ではこの姿は?
考えるまでもなかった。
それは自分のため。そしておそらく、彼のために。
ぎ、と扉の開く音に、耳がぴくりと動いた。
扉を閉める音、靴を脱ぐ音、スリッパをはく音、ほとんど足音を立てずにそれでもわずかに響く足音。
そのすべてを聞きもらすまいと意識せずとも耳が動く。
ぱた、ぱた、ぱた。かたん。
そしてすぐ目の前までやってきた彼に、しかし顔を上げることはない。
そんなことをすれば彼は逃げてしまうに違いないから。
今の東北にできることは、ただの置物の様に振る舞うことだけ。
そうすれば、ほら。
ぽすん。
ふかふかの毛皮に飛び込むように、彼はその身を虎へと投げ出した。
平均的な成人男性よりもさらに身長のある彼の身体を受け止めても、虎はびくともしない。
それは当然わかっていることだろう。だが、彼はどこか悔しげに虎の身体へぼふぼふとその手を打ちおろした。
その力は痛いというほど強くはない。
だが、絶え間なく襲う衝撃は無視し続けられるものでもなくて。
困って、ぐるると喉を鳴らせば、腹にくつくつと楽しげな声が響いた。
……ああ、ただの八つ当たりか。
当たられたことを理解して、だが怒ることもなく彼の為すがままに任せる。
今日は何があったのだろう。
なにがあったとしても、東北が彼を拒むことなどあり得ないのだけど。
さて。
やがて飽きてしまったのか。叩く手を止めて、ぐりぐりと額を押しつけはじめた彼に。東北は置物と化していたしっぽをくるりと動かして宥めるように彼の身体へと軽く巻きつけた。
大丈夫だ、と。
何があろうと自分は受け止めるから、とそんな思いを込めて。
するとびくりと彼は身体を震わせた。まるで東北の想いに怯えたかのように。
しかし次の瞬間。それを恥じたようにきっと睨みつける視線が、目にしないでも突き刺さってくるのがわかる。
言葉の話せない今だというのに、人の姿をとっている時よりも彼の気持ちがわかるなんて不思議なことだけれど。
言葉が話せないからこそ、伝わる気持ちの方が大きいのかもしれない。
伝える手段が多いからこそ、邪魔なものの方が多くなるのかもしれない。
なにしろ彼はあまのじゃくだ。
こうして人の姿をとっている時は、本当の気持ちなど皮肉な笑みに隠してしまうのだから。
だが東北は知っている。彼の他の姿を。
凛と背筋を伸ばして前を見据える彼を。
重い雪の中を颯爽と走る姿を。
そして飛び立ち空に透ける朱色がかった羽を。
どれだって彼の本当の姿だ。
どれだって東北の大事な彼の姿だ。
ああ、でも。
「……僕の布団」
不満気に呟かれる言葉は無視して、そう変わらない体格差となった体を抱きしめる。
「戻れ」
「いやだ」
「けち」
「なんとでも」
やはり、この姿も彼のためにあるのかもしれない。
抱きしめられる、それはこの身体を持つからこその特権なのだ。
傲然と微笑みを浮かべた上越上官が足を組んで両腕を軽く広げて座椅子代わりに虎にもたれかかっているという映像が浮かんだのですが……念写でもできたらいいのに><

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