扉を開けたその瞬間。眩いばかりの光に視界を奪われて、東北は立ち止まった。
ブラインドはすべて引き上げられており、大きな窓からは何にも遮られることなく明るい日差しが室内を照らしている。だからだろうか。人工の明かりがつけられることはなく、自然のままの光だけがそこにはあった。
その窓辺に、東北の相棒である彼はいた。
キャスター付きのアームチェアーにゆったりと腰掛けた彼は、扉からは身体を横にするような形で窓の外を見ていた。逆光にその表情はうかがいしれないが、何を見ているというのか気だるげな様子である。やがて、彼はくるりと振り返ると、東北を見とめたらしく口を開いた。
「おかえり」
「……ああ」
その声からして、機嫌は悪くないらしい。
表情を確認できないことに、自分がいまだ部屋の中に入らず立ち尽くしていたと気付いた東北は、扉を開けて数分後自分の机へとようやく足を向けた。
何十年も隣にいる相手に見惚れるなど今更すぎる。
自分のいない間に机の上に置かれた書類を確認していれば、きぃ、と軋む椅子の音。自然とそちらに目を向ければ、深く椅子に腰をおろした上越は自分の手にしたものを光にかざすようにして見つめていた。
その手元にあるものと同様に、見つめる上越の瞳も光に透けたように輝いている。
「……それは?」
手にあるものとその手の持ち主のイメージがかみ合わず見比べてしまう。
「別に盗んだものでも拾ったままのものでもないから安心して」
「いや、別に」
そういったことを気にしたわけではない。
気持ちを逆なでる様なことを言ってしまったかと眉を顰めた東北に、冗談だよ、と笑いもせずに言う上越はどこか上の空だ。
手元に向かっているだけのぼんやりとした目は実際何を見ているのだろう。
何も言い返すことなど考えつかない東北がただ見つめていれば、やがて上越はふ、と息をついた。
「……かわいい人からのプレゼントだよ」
自分の手元から東北へと視線を移して今度こそ楽しげに笑う。
その目がしっかりと自分を見ているのにほっとする。
東北には見えない何かへと思いをはせる片割れには不安しか覚えない。今回こそすぐに戻ってきたが、そうしたときにどうやって呼び戻せばいいのかもわからない自分に腹が立つ。
それにしてもプレゼントと言うには上越には不釣り合いなそれに首をかしげてしまう。
東北の戸惑いがわかったのだろう、いたずらっぽく笑った上越は種を明かした。
「3歳くらいかなあ。今日乗ってこられた小さなお客様。」
「……」
「その反応は何かな」
口を尖らせる上越はしかしそれほど怒っているというわけではなさそうだ。やがてつん、と顔をそむけるその黒髪に天使の輪が光っている。
それにただ見惚れていれば濡れたような瞳が再び見上げてくるのに、やはり似ていると思う。
「おまえみたいだな」
「なにそれ」
不思議そうに問われ、ぽつりといつの間にか自分が呟いていたことに気付いた。
「いや。その、きらきらしてる」
語彙の足りない自分がもどかしい。なんとか言葉をひねり出したものの、案の定訝しげな表情を浮かべられる。
「なにが」
「目が」
おまえの目が、と繰り返せば上越はその目をきょとんと瞬かせた。
ほら、やっぱりきらきらと、光を受けるその姿が。
東北の視線から言いたいことをようやく理解した上越は、もらったというビー玉に視線を落として苦笑した。
「……知ってる? 元々ビー玉って不良品らしいよ? エー玉が規格通りにできたもので、ビー玉はできなかったもの」
確かに僕のことだね?
そのために造られたのに規格外となってしまい、本来の用途としては使われなかったもの。不相応と言われミニ新幹線でよかったのではと言われる自分。そんなものを重ね合わせている上越の考えを珍しくも過たず受け取った東北は眉を顰めた。
「……規格からはずれているだけだろう」
「それを不良品って言うんだろ」
「しかし、これはこれで使われている」
「そうだね」
「……必要としている者はいる」
「うん、まあ僕には必要のない物だけどね」
それは、手にしたもののことなのか、自分の在り方についてなのか。
思わず東北は自分の片割れに声をかけていた。
「少なくとも、俺には必要だ」
その言葉に。東北の片割れはビー玉などではありえない、きらりと強い意志の宿る目を向けた。
表情は楽しげでも、目が笑っていない。それにぞくりと背中が冷たくなる。
「なにそれ、自分のためにいろってこと?」
口調ばかりはふざけたようなものであっても、プライドを持ったひとつの路線だ。本当にそうは思っていないとしても、頷くことは決別を意味しただろう。
だから、油断できないというのだ。
「いっそ、そう言い切れたらよかったのかもしれないな」
「……?」
「残念だが、俺だけのものにはなりそうもない」
それは本当に悔しいが、それでこそ東北が欲しいと思った彼なのだった。

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