いちゃいちゃかっぷる5題 (お題
207β 様より)
ばたん。どさり。
よろよろと休憩室に入ってきた山陽は、そのままソファに座るとぐったりと机に身体を預けた。
「お疲れ様」
「お疲れ、山陽」
「おー。お疲れ。って本当に疲れたわ」
同僚からの声に片手をあげて答えながらも、山陽はうつ伏せた顔を上げることはない。心底疲れきったというように、上げた手もすぐさま落ちている。
いくら本日の山陽の勤務が始発前からのものだったとしても珍しいほどの憔悴ぶりに、先に部屋にいた秋田と上越は顔を見合わせた。
「何、今日どこかトラブルあったっけ?」
「さあ。西からはそんなこと聞いてないけど。山形は普通だし、東海でも何も起こってなさそうだったよ」
「いやいや、運行はいたって順調です」
彼の相方である王様関連のことだろうかと話しあう二人に、そうではないと山陽は遮った。
しかしぺたりと机になつく山陽からその後が続けられることはない。結局解消されることのない疑問に、ではどういうことなのだろうと二人は再び首をかしげる。
「うーん、九州との会議は今日はなかったよね」
「それはまた次の金曜……っていうか思い出させないで。もうちょっと心安らかに生きたいの」
「じゃあどうしたの?」
ちらりと視線だけあげて情けない表情を見せる山陽に、ずばりと秋田が問えば、なるほどと納得するしかない答えが返った。
「もうこの暑さにまいって。梅雨だってわかってるけど気温も湿度も高くて息苦しいし」
「ああ、たしかにね」
今年は春先から天候不順が続き、4月を過ぎても雪が降ったかと思えば夏日になったりと、めまぐるしい気温の変化が続いていた。そして最近は梅雨に入ったとはいえ、雨の合間にはうだるような陽射しが地上に照りつけている。いくら頑丈に作られている自分たちとはいえ、暑いものはどうしても暑いのだ。
馬鹿にされず納得されたことに安心しながらも、自分とは違い暑さに堪えているようには見えない同僚たちに、山陽はおもわずつぶやいた。
「おまえらなんでそんな涼しげなの」
しかしその言葉にはすぐさま眦を挙げての反論がよこされる。
「暑いに決まってるじゃない。上越なんてもう部屋はいるなり上着脱ぐんだもん」
「業務中はきちんと着てるでしょ」
「それは当たり前」
「襟も詰まってるし手袋もしてるし、基本日に当たらないようにすると暑くて苦しいし」
「まあそれはね」
「なに?」
暑さのことだけを言っているのではない様子に何の事かといぶかしめば、秋田は困ったような笑みを向けた。
「きみの所なんか走ったら絶対にけがするよね」
「え、なに、俺のところだってそんなにコンクリ剥がれたりは、まあ……うん」
「口を濁さずにいられないなら話に出さなければいいのに」
「ちょっと自分でも失敗したって思いました。で、うちがどうしたって?」
「日照時間の問題」
「……あーなるほど」
晴れの国と名付けられているほどの地元に走る山陽と、年間平均日照時間が下位から抜けることのない北に在る二人とではたしかに日に当たる時間は全く違うだろう。
納得した山陽は、しかしつながっているようでつながらない内容に遅まきながら眉をひそめた。やはり暑さで頭の回転も鈍っているらしい。
「って、けが?」
「夏の陽射しは凶器だよね」
ふふふ、と急に暗雲を背負った秋田の笑みに気押される山陽に、小さくため息をついて上越が補足する。
「日焼けなんて下手したら皮膚の炎症だから」
「痛いし痒いし、皮もむけるし。本当に怪我だよ」
なるほど、と今度こそ心から納得して山陽は頷いた。
体質の問題とはいえ、確かに暑さはどうしようもなくとも怪我をする事態になるのは避けたいものだ。
そう考えてみてみれば、元から色白の二人とはいえ、ほとんど焼けていない姿に改めて気付いた。
「確かに二人とも焼けてないよなあ」
「別に焼けるの自体はどうでもいいんだけどね。痛いのが嫌だから気をつけるだけで」
「山陽は焼けてるというか焦げてる?」
「そうそう。まあ体質俺と逆じゃなくてよかったな、上越」
「なんで」
痛くないならばそちらの方がいいと口を尖らせる上越に、さらりと山陽は言い放った。
「焼けたらもったいないだろ」
身を起こした山陽からするりと伸びる手が、上越の髪をかきあげるようにして首筋に触れる。くすぐったそうに身をよじらせたものの、山陽からの過度なスキンシップもいつものことと上越はそれに逆らうことはなくさせるがまま受け止めていた。それをいいことに、山陽の手は首筋から鎖骨へと、何かを確かめるように下りていく。
うん、と一つ頷いた山陽は、自分の考えが正しいことに満足して同僚へと笑みを向けた。
「せっかくきれいな肌してるんだからさ」
「女性じゃないんだけど」
「男だって綺麗なものは綺麗だろ。もったいないって思ってもいいんじゃね?」
「そう?」
首をかしげる上越の肌から離れることのない手に、二人とも何を思った様子もない。
しかし開け放たれているシャツの前立てからのぞく素肌にぺたぺたと触る手は、けっして他意がないとは分かっていても傍から見れば妖しいものに違いなかった。
陽にあたらずうっすらと血の気だけが彩りを添えている白い肌に、焼けた手のコントラストは何とも言いようがない淫靡さを感じさせる。それがたとえのんきな会話が背景にあったとしても。
「跡もつきやすそうだしなあ。大変じゃねーの?」
「まあ、ちょっとぶつけただけでも結構残るかなあ」
「あれ、これは?」
「これはこの間思いっきり掴まれた跡。なんであんなに馬鹿力かな」
「それだけ必死だったんだろ」
「何を必死になることがあるの?」
「おまえのそういうところ?」
「意味がわからないんだけど」
この場に嫉妬深い相方も、憧憬の視線を向ける純粋な子どももいなくてよかったと、続いていく会話と目の前で撫でまわし、撫でまわされている同僚たちに秋田は眇めた視線を向けた。
「きみたち、そういうことは宿舎に戻ってからしてよね」
「「……なんで?」」
きょとん、と。こんなときばかりはまったくそちら方面に頭の回らない二人に、秋田は天を仰いで嘆息するしかなかった。

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