「じゃあもし俺と……秋田が崖から落ちかけてたらどうする?」
「君を蹴落として秋田助けるに決まってるじゃない」
「……」
「崖から落ちかけるような軟弱な片割れを持った記憶はないしね」
「……(おまえが先に言ったんじゃないのか)」
「なに?」
「……いや、秋田も落ちかける事態にはならなそうだ、と」
「そうだね、秋田ならまず落ちそうにもならないし、むしろ崖を壊しそう」
それもどうなのか、と思う言葉だが秋田ならさもありなん、と納得してしまいそうになるのも事実だ。
「たとえがおかしいよ。せめて長野とか」
「……なら長野と俺なら」
「もちろん君を蹴落として長野助けるに決まってるじゃない」
「……(蹴落とすのは前提なのか)」
「今度はなに?」
「……いや」
「? まあまず笑うだろうけど。ほら、人の不幸は、っていうしね」
「趣味が悪い」
「今更じゃない。でも面白いと思うんだよね、君が無表情で崖にしがみついてる姿とか、長野が愛らしくア○フルの犬みたいにふるふるしてるのとか。で、僕は上からそれを見ているわけでしょう。本当ならそこにいるのはきっと君たちじゃないのにさ。しかも僕なんかに助けられる君たちでもないのにさ」
「それは」
何になぞらえたのかわかった東北は眉を曇らせるが、彼の片割れの言葉は止まらない。
「だからって代わりになれるわけでもないしねえ。どうしたって僕たちは別のものなんだから」
別の。
さらりと耳を通り過ぎるその声がいったい何を言ったのか分からず瞠目する。
そう、自分たちは別の存在だ。双子であってお互いを片割れと思っていても結局一つにはなれない。
当たり前のことだとわかっているはずなのに、その言葉はひどく胸を衝いた。
けれど。だからこそ手を伸ばせる、抱きしめることもできる。
一人では持ちえない感情を相手に抱くことができた。
それもわかっているのに、なぜか突き放されたような気分になって、身体が冷えていく。
だがそんな東北の衝撃には気づいた様子もなく、かの片割れは言葉を連ねていた。
「だから君を蹴落として長野を助けて。まず君がいない場合の仕事をどう振り分けていくか考えるでしょ。で、僕のところにも影響出るだろうから、そっちにも手を割いて」
話している内容とはまるで場違いとも思えるような穏やかさで上越は笑っている。
「お客様が問題なく利用できるのをきちんと確認したら」
そうしたら、と対応について指折り数えていた上越は不意に顔を上げる。
まっすぐに向けられる視線はからかいめいた様子を含むこともなくどこまでも透き通って。
その綺麗な笑みと共に紡がれた言葉に、東北は言葉を失った。
「僕も落ちる」
それはきっと自分が知り得る限り最上の告白。
「一緒に生きられないのなら一緒に死んであげるよ」
自分の存在意義すら捨て去るというその思いに、消えてしまいそうな片割れを無言で引き寄せた。

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